re:annkara

日々学んだことを書き留めておく。

【読書メモ】入門 監視

入門 監視 ―モダンなモニタリングのためのデザインパターン

入門 監視 ―モダンなモニタリングのためのデザインパターン

だいぶ前に一読していたので、簡単にまとめておく。

ウェブオペレーション ―サイト運用管理の実践テクニック (THEORY/IN/PRACTICE)を読んだ時に、監視とはアラート発砲をすることでモニタリングはメトリクスを収集することで異なる概念だ、みたいな記述を読んでからずっと別物だと考えていたのだけど、そうでは無いことに気づかされた。

本書から言葉を借りるとすると監視とは以下の定義となる。

監視とは、あるシステムやそのコンポーネントの振る舞いや出力を監視し、チェックし続ける行為のことである。

メトリクスやログを収集し、閾値や特定のメッセージ、メトリクスの変化などを監視し、何かエラーが発生したりこれから障害が発生しそうである場合にアラートを発砲する、こういった複合的なシステムの健全性を確認し続ける行為のことを監視というのだと本書を読んで気づくことができた。

システムの監視というと、アプリケーション開発者というよりはシステム運用者の役割であるという認識が一般的であると思われているが、監視というのは特定の誰かがやるべきことではなく、そのサービスに関わる全ての人が監視に対して責務を持つべきである。

サーバ側のシステムメトリクスに問題が無い状態であろうと、あるページが絶えずHTTPのステータスコード500を返している状態は健全な状態であるとは言えず、そういった場合にはアプリケーション開発者も監視に対して責務を負うべきなのだ。

しかし、開発側も運用側もサービスの監視に対して責務を持つとなると、縦割り組織(開発は開発チーム、運用は運用チームみたいな)だとそういった意識を持ちづらいような気がする。この解決策としてDevOpsといった考え方を取り入れることもできる気がするけど、自分の周りを見てみるとなんだか難しそうな気がする。

エンジニアのスキルというか学習意欲だとかそういったものに依存する部分が大きいと思うからだ。また、SRE(Site Reliability Engineerの方)といった役割にしても、システムの健全性・監視をSREという新しい役割に負ってもらっているという感じがするので、本書が目指すような監視像とはちょっと違う気もしている。

個人的な理想は、開発も運用も同一のサービスを提供する同一のチームで協調していくことなのかなと思っているのだけど、実際にそういった働き方をしている人から話を聞いたわけでは無いのでちょっと聞いてみたい。

本書の感想からだいぶ逸れてしまったけど、開発者だろうと運用者だろうとシステムの健全性を保つという行為自体はエンジニアであれば誰しもが意識すべきことだと思うので、是非とも一読して欲しい本です。

【雑記】「質量への憧憬」にいってきた。

bijutsutecho.com

落合陽一氏の写真展へ行ってきた。

写真展というものへ行ったのは生まれて初めてであり、また芸術的な催し物にも縁のない人生であるけども、落合氏がどんなふうに世界を見ているのか、興味があったので行ってきた。

正直、落合氏の伝えたいことの百分の一も理解することはできなかったけども、以下の説明には共感を覚えた。

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時間というものは実際には目には見えないものである。しかし、水という実体を得ることにより、時の経過を波という形で認識することができる。

時間というものは当たり前の存在であるが、それ自体を認識することは出来ない。時間を、また別の質量を伴ったものを通してのみ認識することができる。

静かな波を見て心が落ち着くといった心の動作というのは、漠然と過ぎゆく時間というものを実感を伴って感じることができるからなのではないか。

写真や絵画、また他の表現物というのは表現者の意図というものを少なからず保持しているものだと思っている。

書物は文字という共通のプロトコルを利用して意図を読者に伝えるものであるが、写真や絵画といったものは写されたもの、描かれたものを通じて意図を伝えるものであるから読み取り手側の理解力といったものが試される気がする。

そういった意味では、表現されたものを理解するだけの知識を身につけることはこの世界をもっと認識することができることに繋がって、もっと面白く見えるんじゃなかろうか。

目の前の理解しやすいこと、面白いこと、それだけに囚われるのではなくて、この世界を認知できるための素養というのを鍛えていく。

きっとそういう行為も面白いと思うし、また、自分も表現する側になったとしたら、それはそれで面白いのかもしれない。

【読書メモ】FACTFULNESS

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

共訳者の上杉周作さんに見覚えがあったので買ってみた本。自分が如何に世界のことを何も知らないということを痛感させられた。

FACTFULNESSとは著者が考えた言葉であり、本書の副題にあるとおり「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」のことを意味している。

10の本能とは以下のことを指している。

  1. 分断本能
  2. ネガティブ本能
  3. 直線本能
  4. 恐怖本能
  5. 過大視本能
  6. パターン化本能
  7. 宿命本能
  8. 純化本能
  9. 犯人捜し本能
  10. 焦り本能

一つ一つの詳細やそれにまつわる著者のエピソードについては是非本書を手に取って読んでみて欲しい。

本書では人間の認識や思考の癖について、統計情報をもとに如何にその認識と思考が偏ったものであるのかを示してくれる。しかし、信頼できる情報の取得方法や、取得した情報をもとにどのようにデータを解釈するか、といった具体的な方法については示されていないように思える。

具体的な実践方法については何か他の書籍をあたった方が良いと感じたが、それでもかなりのインパクトを持って自身の認識の偏り、無知を知らせてくれる非常に良い本だった。

日々の生活にて、これらの本能に支配されていないか自身に問いかけていきたいと思う。

【読書メモ】愛とか正義とか

愛とか正義とか―手とり足とり!哲学・倫理学教室

愛とか正義とか―手とり足とり!哲学・倫理学教室

読書猿さんと対談した: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるにて、読書猿さんが勧める一冊として紹介されていたので読んでみた。

今まで読んできた本のなかで一番の衝撃を受けたかもしれない。

難しい言葉や概念はほとんど使われず、非常にわかりやすい文章なのだけど、さくさくと読み進めることは難しい。
読み進める度に考えることであったり、新しい発見に出会えたりで様々なことを思い起こしてしまう。

この本から得られる知識というものは非常に多岐にわたる。
しかし、そういった知識を得ることはこの本の本当の目的ではないのかもしれない。

哲学や倫理学といった学問の入門となる本書であるが、個人的に大事だと感じた点に絞ってまとめてみようと思う。

どんな本か

この本は哲学・倫理学の入門書である。
とは言っても、カントやヘーゲルニーチェアリストテレスなど過去の偉人たちの哲学を学ぶための本ではない。
「哲学」とは何かという根本的なところからこの本は始まる。

「当たり前と思われているもの」を捉える

「哲学」とは、「自分で考えて自分の答えをだすこと」だと本書では言っている。それが重要であると。

「自分で考えて自分の答えをだすこと」と言われると、私達が日常的に行っていることだと思われるかもしれない。しかし、それは本当であろうか。

本書では正義や愛、自由といったテーマを思考の対象としているが、それらの概念を自分たちの頭で考えたことはあるだろうか。
私達は無意識にそれらの概念を勝手にイメージとして捉え、理解した気になっているのではないか。

本書の目的はそこにあるのではないかと思う。
つまり、「当たり前と思われているもの」を自分の言葉で再定義し、その定義が正しいか反証を考える。どうやらその定義が正しそうだという確証が得られたとき、その概念をもとに与えられた命題、または自分が見つけた命題に対して自ら答えをだすために思考する。

本書ではこれらの思考の過程を追体験させてくれることで、「自分で考えて自分の答えをだすこと」ということがどういうことなのかを経験的に理解させてくれる。

これは水です。

「これは水です」とは、デヴィッド・フォスター・ウォレスという作家が2005年にケニオン大学で行った卒業スピーチのタイトルだ。

翻訳してくださった方のブログをここに置いておく。 j.ktamura.com

このスピーチの内容においても「自分の頭で考えること」の大切さを説いているが、重要な洞察が付け加えられている。

「自分の頭で考えられるということは、何について考えるか、ある程度自分でコントロールできる術を学ぶこと」を端折ったものだ
引用元: https://j.ktamura.com/this-is-water

自分の人生において大事なこと

「愛とか正義とか」と「これは水です」はともに「自分の頭で考えること」の重要性を説いていて、私はこの2つの文章に出会うことができて非常に良かったと思う。

私は今まで、幸福な人生とは「何も考えない人生のこと」だと思っていた。「何も考えない」とは本当に何も考えずに生きるということではなくて、「人生について思い悩む」ことだったり、今私が書いているようなことを考えないような人生のことだ。上手く表現できているかわからないが、つまりは世間が言う理想的な人生(結婚して、子供を産んで、日々働いて、、、みたいな)を歩むことが「唯一の」幸福な人生だと考えていた。

正直、幸福な人生とは何かを語れる言葉を今は持っていない。しかし、今まで見てきたように自分の抱える問題や悩みに対して真正面から「自分の頭で考え、自分で答えをだす」こと、また、「何を考えるか、自分をコントロールする」こと。この2つが自分の人生において大事であるとハッキリと自覚した。

まとめ

最初は「愛とか正義とか」の感想(思考過程を追体験させてくれる凄い本)だけを書こうと思っていたのだけど、何故かしっくりこなかった。非常に良い本だという実感を持っていたものの、何故そこまで自分はこの本を凄いと思ったのか、上手く言語化できていると思わなかったからだ。

「これは水です」はだいぶ前に目にした文章で、今回本を読んだあとに再度読み返してみたものだ。意図してなのか、無意識なのか覚えていないのだけど改めて読み返してみることでこの本のどういう部分に心を動かされたか理解できた。
自分の人生の根幹にはきっと「考えること」というのがあって、その「考える」という行為をわかりやすく、丁寧に、そして面白く書いている本だからだと思う。
「これは水です」では、人生において「自分の頭で考えること」の重要性について述べている。その点で「人生」と「考えること」が結びつきをハッキリと自覚できたのだと思う。

書評風自分語りになってしまったのだけど、「愛とか正義とか」は本当に面白い哲学・倫理学の入門書となっている。考えるべき対象がこの世界にごまんと存在し、解決されるべき課題も山ほど積み重なっている。そんな世界を真正面から捉えるために、この本で「自分の頭で考える」ことの練習をしてもいいのではないかと思う。

私なりの「道をつくる」ということ

まつもとりーさんのツイートにハッとした。
自分に向けた、自分のためのメモとしてこの時の気持ちを整理しておく。

ハッとしたところ

「技術的な投資」という表現とその定義の部分。

何故ハッとしたか

仕事をしていて、技術的なことを学び実践して、エンジニアとして成長したという実感を持つことができないでいた。
それは何故かということを考えたときに、学習の方法が非効率だからだとか、アウトプットを残すことをせずに振り返りを行っていなかったからだと考えていた。

つまり、学びの方法論に固執していた。

でも、そうじゃないという直感を得た。
まつもとりーさんの言う「技術的な投資」というものを持っていなかったからだと思えた。

私なりの「技術的な投資」とは何か

ここからは私なりの「技術的な投資」について考える。
まつもとりーさんの発言の本意から離れてしまうかもしれないので、私の言葉として「世界観」と表現する。

「世界観」とは何か

恐らく、本来の言葉の意味*1とは異なると思うのでここで定義する。
言い換えると「私がどんな世界を、どんな風景を、どんな光景を見たいのか」、「私が実現したいことは何か」ということ。
理想とか、理念とか、そういったあるべき姿でも良い。

「世界観」があると何が変わるか

創り上げるために必要な技術というものを文脈の中で捉えることができる。
技術を単独で習得していった先にその世界が実現される、ということではなく、実現したい世界を創り上げるために技術を習得するということ。

これは技術を手段と捉えることではあるものの、技術を「単なる」手段*2と捉えることではない。

技術を文脈で捉えることの意義

文脈=「自分の物語」を作り出すことができる。
「 私が実現したいことはこういうことなんだ。これを実現するとこういった良いことがあって。ただ、それを実現するにはこういったxxxとxxxとxxxといった技術が必要で。」というように。

これは自分の経験から学んだことは忘れにくいということと似ている気がする。

「道をつくる」ということ

私の今年の目標に『自分なりの「道をつくる」』というのがある。
今まで書いてきたことは、自分なりの「道をつくる」ことの第一歩じゃないのかと思っている。

最後に

技術というものを単独で捉えるのではなく、もっと大きな枠組みの中で捉えることが大事なのではないかという気づき。

*1:https://kotobank.jp/word/%E4%B8%96%E7%95%8C%E8%A6%B3-86660

*2:手段という言葉を使っているが、目的と手段のどちらが重要であるかということではない。

2019年をどうしたいか

抽象的な目標

はっきりと達成したという基準を設けることは難しいけども突き詰めていきたいもの。

自分なりの「道をつくる」

以下の方のスライド・記事に影響を受けている。
なんとなく、具体的な目標にあげたことを真面目に取り組めば見えてくるのではないかと思っている。

tomomii.hatenablog.com

具体的な目標

はっきりと達成したという基準を設けることのできる目標のこと。

LPIC Level2に合格する

取得することが目標というよりは、最低限知っていなければならないことを身につけたい。

Elastic Stack/Redisについて知識を深める

仕事で利用する。
去年は技術検証として一通りの機能を検証してみたが、実運用をスコープにいれてはいなかった。
適切なクラスタリング構成を組むというテーマのもと、構築・運用に必要な知識を自分なりにまとめていきたい。

体重を65kgまで減らす

どう減らすかが問題だ。

月1で何かしらを読む

最低でも月1のペースでなんでも良いので読んで、アウトプットする。
読む内容は何でもいいと思っているので、いい本・面白い論文なんでもいいから読んで、自分なりにまとめる。

TOEIC 900点を目指す

完全に忘れていたので追記。
これも点数が目標というよりは、カンファレンスなどで海外スピーカーの言いたいことがなんとなくわかりたいなぁという希望から英語を勉強していく。

楽しんで1年やっていこう。

【読書メモ】有意義な生き方

なぜこの本を読もうと思ったか

「人生の意味」だとか「人生の目的」なんてものは存在しない。人間は生まれてきて、死ぬだけだ。
そうだとしても人は生きていかねばならず、生きる限り自分の人生に何かしらの意味や目的を見出さないと、生きること自体が辛くなってしまう。

「自分の道」というものを見つけられた人は幸福そうに生きている。
自分の道、自分の生き方、人生の指針といってもいいかもしれないが、そういったものが自分の中にあるのとないのでは自分が幸福であるかどうか決めることは非常に難しいと感じている。

自身の生き方を他者の考えに依存させるつもりは全くないが、考えるヒントを手に入れたいと思いこの本を手に取った。

どんな本か

著者の方はスリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老であるため、釈迦の唱える「有意義な生き方」についてさまざまな面から説明している。

仏教の目的とは、「苦しみを知り、苦しみをなくすこと」であり、直接的に明言はしないがつまりは「幸福な生き方をする」ということである。

この本は幸福に生きていくために、何をすべきか、何をすべきではないかということを、釈迦の教えに沿って教えてくれる。

「有意義な生き方」とは

有意義の辞書的な意味としては、「意味・価値があること」だ。
本書では、「幸福になり、苦しみがなくなる言葉、生き方、思考、実践のこと」としている。

幸福であること

幸福とは何か??と問われたさいに、以下のことを思い浮かべるのではないか。

  • 財産を得ること
  • 収入がたくさんあること
  • 家族がいること
  • 健康で長生きできること
  • 世間から認められること
  • 権力をもつこと

これらの幸福は「世間の望む幸福」である。確かに、これらのことは人々に喜びをあたえてくれるが同時に、悩み、苦しみ、落ち込み、堕落、失敗、不幸、罪などのおまけもついてくる。

お金を得ても、使ってしまえばなくなるし、知識を得てもいつかは忘れてしまう。得たものに対して「執着」してしまうと、そこには必ず負の感情が起きてしまう。その時に人間は苦しんでしまう。

「仏教の説く幸福」は「世間の望む幸福」を否定せず、幸福は理性に基づいて真剣に努力することによって得られるものとしている。つまり、怒り・憎しみ・嫉妬・貪欲・怠け・無知といった感情を抑え、理性に基づいて努力することによって幸福が得られると。

幸福をどこにおくか

幸福を感じるのは身体ではなく、心だ。身体には限界が存在するが、心には限界はない。
幸福を自分の外に求めると、際限がなくなるし、そもそもその幸福は得られないかもしれない。自分の外にある幸福を自分でコントロールすることはできない。

自分の心を成長させ、幸福を自分の中に置くということ。

まとめ

本書を読んでいて線を引いたところやメモに残した部分は結構あるのだけど、それを自分の中で整理して文章に落とし込む段階でかなり省いてしまった。得られた情報を再構成して文章に落とし込む能力が自分にはまだまだ足りないのだと痛感している。

この本を読む目的として、生き方のヒントを得たいとしていたが、個人的には最後の「幸福を自分の中におく」ことが非常に重要だと感じている。人生に目的はないと自覚していたものの、どこかで自分の外にそういうものを追い求めてしまっていた自分に気づいた。

自分を成長させるということ。結果として周りを良くしていくということ。目標を立て、目的を作り、日々努力していくということ。そういったふうに生きていきたいと思った。