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日々学んだことを書き留めておく。

【読書メモ】「タタール人の砂漠」を読んで

自分の人生を振り返ると、小中高の12年間はサッカーと受験勉強に専念し、二年間の浪人生活では一応大学に入ろうと勉強してみたり、大学ではサークルやゼミ、アルバイトそして就職活動というように、節目節目にそれなりの目標があった。

その目標は自身で設定したものであったり、自分の周りから提示されるものであったりはしたが、それでも目指すべきものはハッキリしていた。

働き始めたうちはよいもののここ最近、自分はどこにいきたいのか、自分は何がしたいのか、自分の人生にとって大事なことは何か、といった漠然とした不安や焦りといったものを抱えつつも日々の仕事を送るだけの人生となっていることを強く感じるようになった。

恐らく自分の人生というものに「慣れて」しまったのだと思う。

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そんな時にすご本の方の記事に出会って、タタール人の砂漠 (岩波文庫)という小説を知った。
紹介の記事からして、私が抱えている問題を直に記述している作品だと思いすぐに購入した。

訳者解説にある通り、この小説は人生について述べている。
それは特定の「誰か」の人生ではなく、「誰にでも」当てはまるような人生について述べている 。

作中では「時の遁走」という表現がよく出てくる。
時間は誰しも平等に与えられ、何かをしようが、何もしまいが平等に流れていく。

主人公のジョバンニ・ドローゴは一将校として国境を守る砦に配属されるが、そこには自分が抱いていたような生活はなく、出来ることならその砦から抜け出したいと思うようになる。しかし、その砦での生活に慣れるにつれ、いずれ未知の何かが、運命的な出来事が自分の人生に起こるのではないかという期待を抱くようになり、その時をじっと待ち続けてしまう。

物語の後半ではジョバンニが待ち続けていた運命的な出来事が北の王国の進軍という形で発生するのだが、あまりにも遅すぎた。老兵となったジョバンニは病に伏し戦線から離脱しなければならず、ずっと自分が待ち続けていた出来事に参加できないのだ。

ジョバンニは何度もこの砦から去るべきだという助言を貰っていた。砦を去るチャンスもまた、与えられていた。それにも関わらず、自分はまだ若いからと、何度でも失った時間を取り戻せるのだと言い、砦から去る決断を先延ばしにしてしまった。自分がこれから歩む人生の結末を知らずに、だ。

誰だって「時間」というものが大事な資源であることは知っている。
そしてそれが有限であることも。

ただ、それを、そのことを、実感を持って生きている人はどれだけいるのだろう。
過ぎ去った時を取り戻すことはできず、そして、後悔する時にはもしかしたらもう手遅れなのかもしれない。
この本はそういった「後悔する人生」を体験させてくれる。

この本は人生を体験させてくれる。しかし、どう生きていくかということには答えてはくれない。
どう生きていくか、ということは自分で見つけなければならないが、思い悩む時間もまたもったいない。

ジョバンニは「待って」しまった。自分はどうするか。

考え、行動するしかない。目の前を通る好機を逃さないよう絶えずアンテナを貼り、好機を逃さないようにするしかない。
好機がなければ自分で創り出していくしかない。自分の人生を変えるには行動することでしか変えていけないのだ。

私はこんな単純なことに気づくのに30年掛かってしまった。
願わくば私よりも若い人が早いうちに気づいてくれることを祈り、この文章の締めとしたい。